肩こりは日本人特有の症状である!という説の真偽の検証

夏目漱石と肩こり

肩こりが日本人特有なのは、日本人の生活習慣が原因説について

人種は違えど人間の基本的構造は同じです。日本人だからといって「○○骨がない」「○○筋がない」「○○という内臓がない」という事はございません。解剖学的な身体の構造においてさほど違いが無いため、差が生じるとすれば後天的要因が大きくなります。肩が凝るのは日本人だけという点について、後天的要因として最も大きな割合を占めるのは文化的な要因、つまり日本特有の生活習慣(衣・食・住)のスタイルにあると考えられます。

注意しなければいけないのは、日本人だけが特殊というわけではないということです。「欧米では・・」「・・が世界全て・・」のように語られがちですが、国ごと、さらには地域ごとに多種多様な習慣があります。

「肩こりは日本人特有である」と聞くと衝撃を受ける方もいるかもしれませんが「本当?」と疑問を持っていただきたいと思います。

日本固有の生活様式が姿勢に与える影響を衣食住の3点から考察

まずは「衣(衣服)」についてです。

日本固有のものといえば和服です。特に女性の着物は、首が長くて撫で肩が美しいとされますが、そのような体型は首や肩にとても負担がかかります。現代でも通じる事だと思いますが、ファッションは機能性とは裏腹に、見た目や世の中の流行りを重視される傾向があります。現代の美しい女性像とは適度に筋肉質であることが求められますが、以前はとにかく細くて白い肌が良いとされていました。古典を参照すると室町時代などではぽっちゃりが理想とされていましたことがわかります。それ故に着物を重ねて、より横幅が広がるような工夫もされていました。

「美しいとされるもの」「人気のあるもの」においてはその時代によって異なります。そしてそれらは必ずしも「体に良いこと」とは関係ないにも関わらず、人々はそれを真似たり目指したりします。

現代でも、良くないとわかっていても、痩せるために食事制限を中心とした過度なダイエットによって脂肪だけではなく筋肉量も落としてしまったり、体に悪いとわかっていても、見た目重視で重くて硬い革靴やヒールの高い靴を履いたりといったことがあてはまります。恐らく、着物が日常的な衣服であった時代にも首肩が痛くなるのを省みずに「長い首・撫で肩」を目指した女性は多かったのではないかと予想できます。

また、和服を着ている際には歩き方や座り方も制限されるようになります。日本特有の和服という文化は特に女性において肩こりと関連が深いと考えられます。

食と住

次は「食(食事)・住(住居)」です。食事の際に使う「お箸」。日本人なら普通に使っているものですが、箸を使うという動作は、首や肩に負担をかけやすいと言われています。たしかに、繊細な動きが必要になりますし、神経を使いますね。住居に関しては、筆者は和室・・・畳、座敷、ちゃぶ台などを連想します。そのような床の間生活ですと、食する時もくつろぐ時も、あぐらや正座などの体勢をとることとなります。特にあぐらですと体が丸まりやすく、頭の重み(体重の約10%=4~6㎏=ボーリングの球程度)を支えるために首や肩の筋肉にとても負担がかかります。

正座はどうかというと、正面を見ている時は問題ありませんが、食事や勉学をする時をはじめ、茶道・香道・華道・書道など伝統芸能を行う際は下を向いてうつむいている時間が長くなります。すると、背すじは伸びていたとしてもやはり頭の重みを支えるために首肩の筋肉に負担がかかります。そして日本人の習慣として「お辞儀」がありますが、日常生活では上半身を使ってお辞儀することは少なく、軽い会釈のように首の動作のみで行うことが大半です。また、頷く、首を振るといった動作も、日本人は海外の人に比べて大変多いのが特徴とも言われています。

余談ですが「正座」は数百年前から作法として確立はしていたのですが、一般的に広まったのは明治時代以降と言われています。比較的新しい生活習慣といえるのです。

衣服の文化でわかる西洋と日本の姿勢の違い

日本の服飾文化とくに着物文化は、着用する人の体型に関係なく表現するものです。反対に西洋の場合は、体のラインや姿勢ありきです。

これを明確に表しているのが、衣料品の売り場にあるマネキン人形やトルソーです。

和装と洋装のトルソーの違い

左側が和装用で、右側が一般的な洋服のものになります。

見て分かるように、日本では、体を一直線に、背筋をピンと張った姿勢が、着物が美しく見える姿勢であり、歩く姿勢も同様です。これとは対称に西洋では胸を張った姿勢のものになります。

本当に背筋をピンと張ったまっすぐの姿勢は正しい姿勢なのか?

「子供の背中が丸まって、猫背になっていたら物差しを入れて一直線に伸ばす」といった矯正を行うご家庭もあるようです。実際『良い姿勢=背すじをピンと伸ばした姿勢』と認識してらっしゃる方が大半だと思われます。

背すじ(背骨)を一直線に伸ばすのはバレエダンサーにしばしば見られるように、首や手足が長く見えて、美しいと感じる方が多いでしょう。見た目上の綺麗さとは裏腹に、人間が本来持っている背骨のS字カーブを意図的に消失させてしまっている状況にあたり、とても疲労しやすい姿勢なのです。

最近、若者を中心に増えているストレートネックですが、これは猫背の人に多い悪い姿勢と思われがちですが、実はそうとは限りません。背すじがピンと伸びている方にも、とても多いのです。(実はこちらの場合の方が治療が難航します。)

西洋の食生活習慣と比較すると和式の生活スタイルは首や肩への負担が大きいのは間違いありません。

西洋ではイスとテーブルを中心とした生活スタイルとなります。諸説ありますが、テーブルマナーは中世のヨーロッパ(主にフランス)が発祥です。西洋では食事の際の姿勢も含めてマナーとして幼少期から教え込まれます。日本では過去には、精神の修行のために座禅を組み、姿勢を正すことを指導されていました時代もありましたが、それが日常生活に反映されることはまず少ないでしょうし、ましては現代では座禅を組む事じたいが非日常であり極めて稀となり、姿勢や立ち振舞いなどを指導される機会自体が少ないといえます。

このように衣・食・住の三点からも和式の生活は、西洋式のイスとテーブルを中心とした生活と比べて首や肩の筋肉が疲労しやすい不利な条件が多いのではないかと考えられます。

生活習慣に関する考察は、論文ベースの意見ではないため、少しこじつけにとらえられる部分もあるかもしれません。読者の皆様にお伝えしたいことは、肩こりの原因は体の構造や機能など医学的な面だけでなく、文化的・社会的な生活環境の側面も背景として関与してくるということ。これは、一般的に言われているような「血流が悪い」「リンパが滞っている」「歪んでいる」から肩が凝るという単純な理由ではなく、生活や社会、文化も少なからず関係しているということ。つまり『肩こりの原因は、非常に複雑である』これが現実であり、肩こり治療のむずかしさ、簡単に治るものではない、ダイエットと同様、安易な方法は通用しないということをご理解いただければ幸いです。